田舎の方ではいまだに残る樹木崇拝や信仰。「その木には、神さんが宿っとる!」

花と自然

古い木や大きな木に何とも言えない存在感を感じたことはないでしょうか。何かの「いわく」があるのでは?と思うような感じや何故か近くにいると気分が良くなったり、前向きになったりするような感覚を覚えたらそれは、知らないうちに私たち人間が古くから脈々と受け継いできた記憶が影響しているのかもしれません。

 

 

樹木崇拝、巨木信仰

樹木崇拝、巨木信仰という言葉を聞いたきことはないでしょうか。

神社仏閣ではご神木・霊木として、そして地域のシンボルなどとしてそれぞれ大事にされ、人々から親しまれているのではないでしょうか。

自然崇拝のひとつで、巨木や老木には生命の根源であるとして不思議な力を持ち精霊や神が宿るとして神格化し祀られています。

 

木を神聖なものとしてとらえる考え方があり、昔から巨木には天と地を結ぶ依代であり、神が降臨すると信じていました。

 

お祭りの時に幟を立てたりするのもその名残であるようです。

 

 

神格化した理由

自然は人々に糧となる恵みをもたらしてくれましたが、逆に災をもたらすものでもありました。

地震、火山、雷、台風や干ばつなどの災い、日々の農作業の豊作や豊漁そして戦争など、災や暮らしの不安を納めるために木を神格化し祀ることで見えない神や精霊などを崇めることで安泰な暮らしを与えてくれると古代の人は考えました。

縄文時代の巨木列柱遺跡など古代の宗教的儀式に使われた物であると推定されています。

 

 

宗教建築の成立

元々は自然木や切り出した木で柱を立てお祀りし崇めていましたが木を使用して鎮座する依代として神社仏閣などの建物を造るようになります。

 

神社仏閣の柱は必要以上の太い柱が使用されているそうで、神の鎮座する本殿はその太い柱で囲まれ神の依代ともいわれる心御柱があり、自然崇拝の巨木を使う概念が後の仏教や神道などの宗教信仰の中に取り込まれています。

また古来から神様を数えるときの単位も「一柱」と呼んでいることはご存知かと思います。

 

 

自然崇拝とアミニズムという考え方

自然崇拝とは自然物や自然現象に対して畏怖の念を持って神格化して崇めるという伝統てきな慣習です。

土地や岩、樹木、山、湖、海、雷雨風等の気象条件そして動物など自然界すべての物に魂が宿るという考え方です。

それに対して自然、自然現象そして身の回りにある全てのものには神や精霊が宿るという考え方があり、アミニズムと言います。日本の神道や仏教もアミニズムの考え方だと思います。

宗教建築が建てられるとともに日本人の信仰が自然崇拝からアミニズムへ変わっていったのではないかと思います。

推測の域を出ませんが元々自然の中で日々の生活を翻弄されてきた日本人が、稲作や家畜を始め鉄などの物を生産し始め、ある程度自然に頼らずとも安定した生活を営む事ができるようになりアミニズムの考え方に移行してきたのではないかと思っています。

 

さいごに

環境破壊、自然災害や大気汚染などの悪化で古くから地域のシンボルである御神木や霊木は少なくなってきているのではないでしょうか。

少なくなっているとは言え、まだご神木や霊木が残されているのは確かで樹木崇拝や巨木信仰の古い記憶が脈々と私達に受け継がれているからだと思います。

私もそうですが、現代人は宗教観が薄く神社仏閣にいく機会もなくなり御神木という巨木や老木を見る機会も少なくなりました。

ご神木や霊木は日本人が歩んできた信仰というものを伝える生き証人です。

出来る限り未来に残したいと願うばかりです。

 

 

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